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東京地方裁判所 昭和37年(行)89号 判決 1963年11月28日

原告 岡部勇二

被告 国

訴訟代理人 真鍋薫 外一名

主文

1、本件訴中登録税法第七条の規定が無効である

との確認を求める部分を却下する。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

一、原告の申立て

1、登録税法第七条の規定が無効であることを確認し、原告が昭和三五年四月七日日本弁護士連合会に対してなした弁護士名簿への新規登録請求につき、登録税法第七条の定める登録税三、〇〇〇円の納付義務の存在しないことを確認する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立て

主文と同旨

第二、当事者双方の主張

一、原告の主張

A、請求の原因

(一) 原告は、昭和三五年四月七日司法修習生の修習を終え、同日東京弁護士会を経て、日本弁護士連合会に対し弁護士名簿に登録方の請求をし、同日弁護士名簿に登録された。

(二) その際、原告は、日本弁護士連合会に対し、同会会則第二三条に従い登録料五、〇〇〇円を納付したが、登録税法第七条の定める新規登録についての登録税三、〇〇〇円(以下本件登録税という。)を納付しなかつた。

(三) ところが、被告は、原告が本件登録税を納付する義務を負うているとして、日本弁護士連合会を通じ、これが納付を求めている。

(四) しかしながら、登録税法第七条の規定は、次に述べる理由により無効であり、原告には本件登録税を納付する義務は存在しない。

(1) 登録税法第七条は、現行弁護士法制定の際に削除されなければならなかつた規定であつて、同条が削除されずに今なお存在していてもすでに死文と化したもので無効な規定である。すなわち、(イ)現行弁護士法の制定施行により、国はそれまでもつていた弁護士名簿の管理権と弁護士に対する監督権を日本弁護士連合会(その性格は単なる公益法人ではなく行政庁ないし公法人である。)に委譲したが、それに伴い弁護士登録についての登録税の課税権も日本弁護士連合会に委譲された。そうだからこそ、日本弁護士連合会は、弁護士名簿への登録について、登録料を徴収しているのである。このように国はすでに弁護士登録についての登録税課税権を失つているのであるから、登録税法第七条の規定は無効である。(ロ)登録税は、私人が国の登記簿または登録簿に法定の登記または登録をうける事実を課税物件として担税させることを目的としたものであるが、税金というよりはむしろ受益者負担の原則に従う手数料としての性格しか有しないのが現状である。しかるに、弁護士登録事務は国から日本弁護士連合会に委譲され、国が弁護士登録事務を行わなくなり、課税物件たる国の登録をうけるという事実の存在する余地はなくなつたのであるから、弁護士登録に関し登録税を課する根拠は失われたものというべきである。そうだからこそ現行弁護士法施行後去る昭和三八年三月末日までは登録税法第七条の定める登録税を納付した弁護士は一人もいなかつたのである。要するに、課税物件が存在しないのに課税することを定めた登録税法第七条は無効な規定というほかはなく、したがつて原告は本件登録税を納付する義務はない。

(2) かりに、登録税法第七条が無効であるとはいえないとしても、現行法上原告は登録税を納付する方法がない。すなわち、登録税は、これを徴収する権限を有する機関が申請書等に貼付された収入印紙を消印することによつて徴収さるべきものであるが、日本弁護士連合会は登録税の徴収権限を有する行政機関ではないから登録税の納付を受理する権限がないし、他に登録税法第七条の定める登録税を徴収する権限を有する機関がない。したがつて、原告が本件登録税を納付することは不能というほかなく、結局納付義務が存在しないことに帰する。

(五) よつて、申立て1、2の判決を求める。

B、登録税法第七条の無効確認を求める申立ての適法性について

一般的には、法律の条項の無効確認を求めることはできないであろう。しかし、原告は、次に述べるとおり、登録税法第七条の無効確認を求める利益と権利を有する。すなわち、

(一) 弁護士登録についての登録税納付義務は何らの行政行為を要せず登録申請に伴い登録税法第七条により当然発生することになるから、同法第七条が存在する限り、将来原告の登録換申請等につき納税義務が発生するおそれがある。したがつて、あらかじめ右条項の無効を確定しておく必要がある。

(二) また原告は、弁護士法第一条第二項により「法律制度の改善に努力しなければならない」という責務を課されているので、登録税法第七条の無効確認を求め、その判決をもつて内閣に同法第七条の改正を要求するか、または議員立法による改正手続をとるべき権利と義務を有するのである。

二、被告の主張

A、本案前の主張

登録税法第七条の規定の無効確認を求める訴えは、具体的な法律上の争訟にあたらず、その他裁判所法第三条所定の要件を充たしていないので、不適法である。原告は、弁護士登録についての登録税の納付義務は何らの行政行為を要せず登録申請に伴い当然発生することになるから、あらかじめ登録税法第七条の無効確認を求める必要があると主張するが、例えば一般の申告課税方式をとる税においても、申告をすれば法律の規定によつて納税義務が確定するのであつて、特段の行政処分を要しないことは登録税法第七条の定める登録税と同じである。したがつて、特に登録税法第七条についてのみあらかじめ規定そのものの無効確認を求めうるとする原告の主張は失当である。弁護士の職務の性質がかりに原告主張のようであつても右法条の無効確認を求めうる根拠とはなりえない。具体的な申請に対し登録税不納付を理由に却下されるか、または納付もれ登録税につき徴収措置がとられた場合、これらに対して争えば足りることである。

B、本案についての主張

請求原因(一)(二)は認める。(三)も「日本弁護士連合会を通じて」との点を否認するが、その余は認める。

(四)は争う。すなわち、(1)(イ)日本弁護士連合会が弁護士に対する監督権を行使し登録事務を扱つているのは現行弁護士法がその旨を明記したことによるところ、登録税の課税権ないし徴収権が日本弁護士連合会に委譲されたというようなことはこれを認めるべき何らの根拠もない。登録税法は、登記登録機関とは別個に単に登録税の納付徴収に関することを規定しているのであつて、日本弁護士連合会が登録機関だからといつて登録税の課税権ないし徴収権を有することにはならない。日本弁護士連合会が原告主張のように行政庁または公法人であるとしても、このことは変らない。(ロ)しかも、登録税は手数料ではなくて国税であり、国の財政収入をはかる目的で納税義務者の担税力を考慮して賦課、徴収される租税であるから、登録税は手数料としての性格しか有しないとの前提に立つ原告の主張は失当である。一般的に、登録税はその一面において手数料的意味合いを帯有していることは、いなめないにしても、法律はこれを手数料(役務の対価)としてとらえず、租税として規定しているのである。すなわち、登記、登録の対象である権利ないし身分の得喪変更の態様、種類によつて義務者の担税力を考慮したうえ、税率の差異を設けているのであつて、提供する役務の難易、手数の多少によつてその差別をしているものではない。法律の改正により、弁護士や税理士、弁理士の登録事務がそれぞれ弁護士会、税理士会、弁理士会において取り扱われることになつた後においても、国の財政収入をはかる目的のために、その登録の際、それぞれの登録税を納付すべきものと定められた以上、現行法の解釈上、登録税の納付義務があることは明らかである。(2)また登録税を徴収する権限を有する機関がなく、これを納付する方法がないから納付義務がないという原告の主張も失当である。登録税は、登記登録と同時に納付義務が成立かつ確定し、原則として印紙をもつて納付するものとされている(登録税法第一七条)から、通常は徴収の観念を容れる余地がなく、不納付のあつた場合にはじめて徴収手続があるのであるが、その機関は登記、登録機関ではなく税務署長なのである。すなわち、印紙が偽造であるとか、課税標準の算定を誤つて少額の納付しかないとか、あるいはまた、一定の登記、登録がなされ登録税の成立確定をみたのに拘わらず当該登記登録機関が当事者の登録税不納付を看過放置したというようないわば異常な事態の場合には、登録税法第一七条の二によつて不納登録税の徴収が行われることになり、登録税の不納事実を発見した登記登録機関は登録税納付義務者の住所地所轄の税務署長に通知し、当該税務署長は同条第二項の規定に基づき現金をもつて登録税を徴収することとなる。登記、登録機関は政府の行政機関であるか、または日本弁護士連合会のような公の法人であつて、その性格上右のような徴収手続に協力を期待できるところから、税務署長に対する通知の規定をおき、これによつて登録税の徴収もれを防止する方法がとられているのである。したがつて、通常は不納付登録税がある場合、当該登記登録機関の協力により右の通知をえて徴収機関がこれを徴収することになるであろうし、またそのことを期待してこのような規定がおかれたものというべきである。しかし、そのことから、登記登録機関からの通知がないときはいかなる場合にも絶対に徴税官庁において不納付登録税を徴収することを許さないと解すべきでない。けだし、右の規定は前述のように通常の場合を予想しておかれたものに過ぎないのみならず、納付もれの登録税につき徴収機関の徴収権限を本来徴税機関でない登記登録機関からの通知の有無にかからしめ、その通知によつて始めて徴収権限が発生すると解することは租税およびその徴収の本質と相容れないものといわざるを得ないからである。したがつて、税務署長は納付もれ登録税のあることを知つた場合において登録税法第一七条の二に基づく通知を期待し難いような事情があるときは、その通知をまつまでもなく当然これを徴収することができるものといわなければならない。本件の場合、原告は弁護士の登録をうけたというのであるから、登録と同時に法所定の登録税納付義務は成立確定したわけである。そして、原告は登録税の成立確定のとき所定の印紙を納付しなかつたのであるから、被告としては原告の住所地の所轄税務署長に対し日本弁護士連合会から通知がなくとも前述した方法で不納登録税を現金で徴収することができ、かつすべきものなのである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、登録税法第七条の規定の無効確認を求める申立てについて

わが国の現行法制上、裁判所は、特定の者の間の具体的な法律関係についての争訟につき裁判するに際し、前提問題としてその適用が問題となる法令の有効無効を判断し、有効とみればその法令を適用し無効とみればその適用を拒否する権限を有しまたそうすべき職責を有するが、それが直接個人の具体的な権利義務に影響を与えない限り、法令自体の効力を裁判の対象とすることは許されないと解すべきである。そして、このように解しても、自己の権利義務に影響を及ぼす法令の無効を主張する者は、その法令の効力を前提問題とする現在の法律関係に関する訴訟または当該法令に基づく処分に対する抗告訴訟中で法令の効力を争うことができるのであるから、国民の権利救済に支障を来たさないものということができる。本件についてみると、登録税法第七条は、単に所定の登録の請求をする者に登録税を納付すべき義務を定めただけであるから、同条が直接原告の具体的な権利義務に影響を与えるものでないことは明白であり、しかも原告は登録税を納付することなくすでに弁護士名簿に登録されたというのであるから、もし追徴措置がとられる虞があれば本件におけるように登録税法第七条の無効を前提とする登録税納付義務の不存在確認の訴を提起し、またもし将来具体的に徴収処分がなされたときまたは原告が登録換申請等具体的な申請をした場合に登録税不納付を理由に却下されるようなことがあつたときは、これらの処分に対する抗告訴訟を提起し、これらの訴訟において前提問題として登録税法第七条の無効を主張するという方法によれば足りるのである。このことは原告が弁護士であり、弁護士の職務の性質が原告主張のようなものであるとしてもそれにより左右されるものではない。けだし弁護士法第一条第二項は弁護士に法令の効力を直接争う訴訟を提起することを認める趣旨の規定ではないからである。

したがつて、登録税法第七条の規定の無効確認を求める申立ては不適法であるといわざるをえない。

二、登録税法第七条に定める登録税納付義務が存在しないことの確認を求める申立てについて

(一)  原告は、昭和三五年四月七日司法修習生の修習を了え、同日東京弁護士会を経て日本弁護士連合会に対し、弁護士名簿に登録方を請求し、同日同名簿に登録されたこと、その際原告は日本弁護士連合会に対し同会会則第二三条に従い登録料五、〇〇〇円を納付したが、登録税法第七条に定める登録税三、〇〇〇円すなわち本件登録税を納付しなかつたところ、被告は原告に対し本件登録税を納付する義務があるとしてその納付を求めていることは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、登録税法第七条に定める登録税納付義務は存在しないという原告の主張について検討する。

(1)  登録税法第七条は、弁護士名簿に登録を申請する者は、新規登録、登録換え、取消しの請求の区別に従い、それぞれ三、〇〇〇円、一、二〇〇円、一二〇円の登録税を納むべきことを規定しているところ、原告は、同法条を現行弁護士法(昭和二四年法第二〇五号)制定施行とともに死文化したと主張するのであるが、右登録税の廃止についてはもとより法律によることを必要とするところ、現行弁護士法の制定に伴い、この点につき何らの立法措置がとられていないのであるから、登録税法第七条の規定を死文化したものとみることができないことは明らかであり、従前国の行政機関が取り扱つてきた弁護士登録を日本弁護士連合会に行わせることとした現行弁護士法の施行と同時に、弁護士登録についての国の課税権は消滅したとか日本弁護士連合会へ委譲されたとかいう原告の主張は根拠がない。また、原告は、国が弁護士登録事務を行わなくなつた以上、課税物件が存在する余地がなくなり登録税課税の根拠は失われたと主張しているけれども、登録税は登録を申請する者が登録をうけた場合それにより何らかの利益を享受するであろうことに着眼して国の財政収入の目的から課される一種の租税であつて単なる手数料ではなく、登録税法第七条の定める登録税債権が成立するためには、弁護士名簿への登録という事実が存在すれば足り、その登録が国の本来の行政機関によりなされることは必要でないと解すべきであるから、弁護士登録が日本弁護士連合会によつて行われるようになつた今日でも、弁護士登録という事実の存する限り課税の根拠が失われたということはできない。もつとも、日本弁護士連合会は会則第二三条により弁護士登録に関し登録料を納付すべきことを定めているので、右のように解すると、登録申請者としては、国の行政機関が登録機関であつた当時は登録税のみを納付すれば足りたのに日本弁護士連合会が登録機関となつてからは登録税と登録料を二重に負担しなければならないという結果を招来するので、立法政策としては問題がないではなかろう(そして、証人福原忠男の証言によれば、現行弁護士法の立案の過程において弁護士登録税の廃止が論義されたこともあつたが、諸種の事情から廃止が見送られたことが認められる。)が、そのことは現行法の解釈論として本件登録税の納付義務を否定する根拠とはなりえない。

(2)  次に、弁護士登録についての登録税の徴収機関がなく登録税の納付方法がないから本件登録税の納付義務が存在しないという原告の主張について考える。登録税は、登録に関する書類に収入印紙を貼付して納付するのが原則であるが、一定の場合には現金をもつて納付することが許されている(登録税法第一七条、第一七条の二第二項、同法施行規則第一条、第二条参照)。そこで、登録申請者としては通常登録申請書に登録税額相当の収入印紙を貼付して申請すれば納付義務を履行したことになるのであり、また現金納付の場合にも一定の書式の納付書を当該登録税額に相当する現金に添えて最寄の日本銀行本店支店または代理店等に納付すればよいのである(登録税法施行規則第二条ノ規定ニ依ル登録税ノ納付ニ関スル件―昭和二〇、一〇、一一大蔵省令第八五号等参照)。したがつて、弁護士名簿登録についての登録税につき登録機関等の印紙消印の権限ないし義務についての法規が明確でないことがあるにしても、そうだからといつて徴収機関がないとか納付方法がないとかいうことはできない。また原告は、登録税を納めなかつたにかかわらず弁護士名簿に登録されたことは前に述べたとおり当事者間に争いがないので、追納ないし追徴が可能かどうかが問題となるが、登録税法第一七条の二は、登録機関が登録後において登録税の納付に使用された印紙が偽造、変造または消印除去にかかるものであることによりまたはその他の事由により登録税の全部または一部を免れたことを発見したときは当該申請者の住所地の所轄税務署長に通知すべきこととし(第一項)、通知をうけた税務署長は当該申請者より免れた登録税額を現金をもつて徴収すべき旨(第二項)規定しているので、その通知のある場合に所轄税務署長がこれを徴収しうることが明らかであるのみならず、同条第二項は第一項の通知をうけた税務署長に対し徴税義務を課しているので、通知をうけない税務署長は登録税を免れたことを発見しても自ら進んで現金徴収をなす権限を有しないかのようにもみえるが、租税およびその徴収の性質上(租税法律主義は法律で定められたところをこえて租税を賦課徴収できないことを意味すると同時に法律で定められた租税は賦課徴収すべきであるという内容をももつことに注意すべきである。)所轄税務署長としては納付もれの登録税のあつたことを知つたときは、登録機関からの前記通知がなくとも、それを待ち得ないような事情がある限り、直ちに納税の告知をして徴収することができるものと解すべきである。

したがつて、弁護士登録についての登録税の徴収機関がなく登録税の納付方法がないから本件登録税の納付義務がないという原告の主張も理由がない。

三、結び

以上述べたように、本件訴中登録税法第七条の規定の無効確認を求める部分は不適法であるからこれを却下し、本件登録税の納付義務が存在しないことの確認を求める請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 小笠原昭夫)

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